てぃっしゅ『ロココ』講評

堀川炎

乾燥ミミズの話など、ところどころはっとするようなさりげない感性が光った。コロナ禍と誕生日をテーマとして、自分が何者であるかを扱った哲学的思考が読み取れ印象的だった。また自己のモノローグ的科白が良かった分、クラスメイトとの会話部分の言葉の粗さが目立った部分には改善の余地があるように感じた。

演出的にはこの状況下での審査ならでは、カメラをよく意識していて効果的である一方で、音量や音数が全体的に多く、さまざまな音のノイズが大きくカオスティックな印象を受けた。意図的であるならば、より慎重に精査し吟味したほうが、見る側の置いて行かれる感覚が少なかったように感じる。マスクのつけ外しでの時間の経過は、観客の想像力が必要な印象をうけ、そこをどう整理をつけて多くの観客にわからせるか、作家として科白でどう扱うか、腕の見せ所のように思う。俳優については、ミザンスはついているものの、演技の演出があまりついていないように見受けられ、雑味が目立った。セリフを丁寧に発話する稽古をして、研磨していってほしい。

池亀三太

配信を前提とした演出が随所にあり、特にカメラが布で覆われた瞬間から覗き見しているかのような錯覚になり面白かった。

この場所が「私たちしかいない劇場」であること、配信される状況を無視しない潔さが良かった。

 

今の表現は今しかできないという演劇の儚さと、誕生日という今日しかないものの親和性が高く、作品内で過去と現在が行き来し、ときには混在した空間になることによって、今ここで時間の共有をすることこそがこれまでの演劇だったはずだ、ということを、鋭く指摘しているように感じた。

「今じゃなきゃだめ」というワードがこのタイミングで覚悟を持って学生演劇祭に参加する全てな気がした。

 

「目で話さないでよ」など鋭角的な台詞のセンスが突出していた。伸びしろがある分、今後を期待できる作家だと思う。

「『またね』がある現実に生きることがまた来るのだろうか」というラストの台詞もとても美しいものに感じた。